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長崎地方裁判所 昭和32年(行)3号 判決

原告

古川湊

被告

長崎県教育委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告の被承継庁たる佐世保市教育委員会が昭和三〇年九月三日付で発令した原告に対する懲戒免職処分を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、つぎのとおり述べた。

一、原告は、昭和二五年四月一日、佐世保市立山手小学校々長として赴任し、じ来同校の責任者として同校経営の衝に当つていたところ、昭和三〇年六月二三日、刑事々件の被疑者として佐世保警察署刑事らから、右小学校および原告居住家屋の捜索を受けた。その後、日を追つて警察当局の学校関係者に対する取調が続行され、同年七月一一日、原告自身右警察署に逮捕された上、ひき続き佐世保検察庁検事高橋泰介係りで取調を受け、同年一一月一八日、起訴猶予処分に付されたのであるが、佐世保市教育委員会は、これに先立ち、同年九月三日、原告を懲戒免職処分に付した。

二、けれども、右教育委員会は、右処分をするにつき原告に対し一回の取調もせず、かつ一回の釈明の機会さえも与えず、一方的な情報蒐集的調査や検察庁に送付された警察調書や原告をおとし入れんとする者からの聞込み等に基く見解と独断とにより、右処分をしたものである。

そもそも、行政庁が公務員を懲戒処分に付するに当つては、その事由となるべき事実を確認するために被処分者自身の取調を先ず行い、あるいは随時喚問し、釈明の機会を与える等の手続をとるまでもない程、客観的に右事実の存在が明白な場合(たとえば判決による有罪の確定)を除いては、右処分をする前に右のような手続をとる必要があるというべきであるから、この手続をとらずして原告を懲戒免職処分に付した前記教育委員会は、その手続を誤つたものであり、右処分は形式的に違法である。

三、のみならず、原告には右懲戒免職処分を受けるべき事由はなかつた。ただ、いくらか落度があつたことは認めるが、それは、懲戒免職処分を受ける程重大なものではなかつたから、右処分は実質的にも違法である。

四、そこで原告は、昭和三〇年九月二八日、右懲戒免職処分について、佐世保市公平委員会に審査請求をしたが、同委員会は、昭和三一年七月二五日原告に送達された判定書により、原告の審査請求を棄却した。

五、よつて、原告は、右懲戒免職処分の取消を求めるものであるが、地方教育行政の組織および運営に関する法律によれば、昭和三一年一〇月一日以後は、従来市町村の地方教育委員会が掌握していた公立小中学教職員の人事権(任免権)は、都道府県教育委員会に承継されたので、前記佐世保市教育委員会の承継庁たる被告を相手方として本訴におよんだ。

なお、原告訴訟代理人は、被告主張の懲戒免職処分の各事由を争い、つぎのとおり反論した。

(炭坑不況に伴う欠食児童義捐金の費消について)

一、被告主張の義捐金は、原告の勤務する山手小学校が当然配布を受けるべき長崎県から交付された貧困児童に対する給食費の補助金である。ところが、佐世保市教育委員会は、同市各小学校に対する給食費補助金を一括して長崎県から受領したまま、これを各小学校に配布することなく、右委員会の事務局費として、あるいは給食用パン代の運転資金として流用し、大半は行方不明となつているという噂がある。右のとおり、原告は、右委員会から被告主張の義捐金を受領、所持、保管したことがなく、かりに右山手小学校菅村トシ子教諭がこれを受け取つたとしても、原告において同人に右受領につき代理権を与えたことはない。

なお、被告は、原告が右義捐金を一旦右菅村の夫公明名義の預金通帳に入金させた後、二一、五〇〇円を引き出させ自己の預金に入金して横領した旨主張するが、右二一、五〇〇円は右義捐金と無関係のものであり、山手小学校給食会計からの一時立替金である。すなわち、昭和三〇年四、五月頃は育友会(PTA)予算の空白時期であつたので、学校経営責任者としての原告は、前記長崎県から交付さるべき義捐金をもつて一次的立替経費にしたいと思つていたが、前記のとおり長崎県から義捐金の交付を受けた佐世保市教育委員会においてこれを配布しなかつた。ところで、当時山手小学校においては、学校経営のための立替用経費として昭和二九年度の秋季運動会の時の寄附金残が二三、四〇〇円あつたが、これは同年夏に行われた同小学校職員のレクレーション(山口県秋芳洞見学)経費の不足立替補填として仮支出中であつた。

しかし、該立替金二三、四〇〇円は、同年四月下旬頃までに回収の見込があつたので、原告は、右回収予定の前記運動会寄附金二三、四〇〇円を返済の担保として、右回収期まで右小学校給食会計から前記育友会関係の費用を立て替えることにした。その立替内容は、つぎのとおりである。

(一)  昭和二九年度育友会関係の支払残として、筒井商店に画架代金残 六、五〇〇円

(二)  昭和三〇年度育友会関係の支払分として、富士教材社に指導記録簿代六、〇〇〇円、山手小学校助手手当(五月分)四、〇〇〇円、育友会関係雑費(菅村教諭渡)五、〇〇〇円

右のような事情により、原告は、昭和三〇年四月初め頃、右立替金合計二一、五〇〇円を右小学校給食会計から一時仮支出をするよう給食会計主任たる前記菅村トシ子に命じ、同月四日同人より右金銭を受け取り、これを原告の佐世保庶民信用金庫の当座預金に入金して保管したのである。そして、同年四月中旬頃、前記運動会寄附金二三、四〇〇円が回収されたので、原告は、この金銭を右菅村に渡して右給食会計からの仮支出金を直ちに返戻し、残金を特別会計として保管するよう命じたところ、菅村は原告に対し、右立替金は石炭を購入したことにして架空の領収書を作つて貰い、帳簿もその旨記入したと報告したので、原告は同人の不法な僣越をたしなめ自重を要望したが、ことここに至つては帳簿の塗抹まで命ずるのは同人のためによくないと考え、一応同人の右措置を諒として回収された二三、四〇〇円を同人の所管する特別会計に入金させ、前記給食会計からの育友会費用の立替金二一、五〇〇円は、これを給食用ミルク攪拌機購入資金(四九、〇〇〇円、うち二一、五〇〇円は育友会負担)の一部にあてたわけである。

なお、原告の妻は、原告が警察当局に逮捕されている間に、独断で二一、五〇〇円を山手小学校育友会に返済したのであるが、これは、原告が昭和三〇年五月二五日、栃木県鬼怒川における全国校長会議出席のための旅費立替として(長崎県からの旅費交付が間に合わなかつたため)一時育友会々計から仮支出を受けていた金銭を返済したにすぎないのであつて、被告主張の前記義捐金とはなんらの関係もない。

二、かりに、原告が被告主張のとおり義捐金を横領したとしても、その事実は、佐世保市教育委員会の認定した懲戒免職事由に入つていない。

すなわち、右委員会は、「同委員会が昭和二九年三月二二日義捐金二六、七八一円を山手小学校に配布したこと。原告がこれを一旦菅村公明名義の預金通帳に入金せしめた後、その全額を引き出させて自己預金に入金したこと。」を認定して、これが右免職処分の一事由であるとしたのであつて、この事実は、本訴における被告主張の前記事実と異つている。

(学校給食費の費消について)

三、昭和二八年一二月二四日に「梅月」で職員忘年会をしたことは認めるが、この時の費用は一五、〇〇〇円であり、山年小学校給食費とは別途に支払われている。

(視聴覚研究部費の費消について)

四、(一)原告が外二、三名と昭和二九年六月五日、佐賀県嬉野町和多屋旅館で遊興し約三五、〇〇〇円を要したことは認める。その事情は、つぎのとおりである。

原告は、佐世保市小学校視聴覚教育研究部(以下単に市研究部ともいう。)の部長であつたが、昭和二九年度初頭、佐世保市小学校の校長会において、右研究部の備品として、一六ミリトーキー映写機四台の購入実現のため、その機関として右研究部対策委員会を設置し、映写機の選択、購入に関する事務を担当させた。右対策委員会は、委員長木須政駿、委員武井進、岡松雄、原告、戒忠次により構成された。ところで、各種映写機取扱業務に関する出先は、おおむね福岡市に集つているので、各委員において相当回数にわたり福岡市に出張した結果購入すべき機種を「北辰一六ミリトーキー映写機SC―6」とほぼ決定したが、その頃から北辰商事株式会社福岡出張所の歓待が厚くなり、右各委員や帯同者の小栄貞雄(山手小学校事務職員で映写機技術者であつた。)の旅費や土産料として金銭を支給するようになつた。これらの贈与の一部は、各委員らによつて分けられたが、残金三〇、〇〇〇円は、委員長の木須政駿の指示により原告が保管することになつた。

その頃、右委員の間で右残余金を財源として前記嬉野での遊興の話が持ち上がつたので、市研究部の部長たる原告がその具体化を準備することになり、前記和多屋旅館と交渉の結果、期日等を決めて各委員の了承を得、昭和二九年六月五日、前記三〇、〇〇〇円に予備として個人で二〇、〇〇〇円を準備携行した。当日集つたのは前記木須、武井、小栄、原告の四名であつたが(木須は急用で途中から帰り、残りの三名が宿泊した)、右四名で芸者の接待を受けながら遊興した費用は、和多屋旅館に支払つたほか雑費合計約三五、〇〇〇円であつたので、原告が個人で準備した右予備金のうち一五、〇〇〇円の残金を自己の当座預金(佐世保庶民信用金庫)に入金した。

ところで、原告は、右嬉野での遊興の日、被告主張の親和銀行俵町支店の前記市研究部の口座から、前記小栄をして額面五〇、〇〇〇円の小切手を現金化させたが、この現金は、右遊興費と全く関係なく、当時原告が市研究部備品としての「一六ミリ映画撮影機アロウ」の中古品一台(約五〇、〇〇〇円)の購入斡旋を佐世保市山県町千日映画劇場支配人藤武雄に依頼していたので、その購入資金として必要だからとの同人の要求により、市研究部会計からこれを仮支出した。

なお、原告が前記嬉野での遊興費を市研究部会計から支出したことを前提として弁償がされているようであるが、これは原告の全く関知しないことである。

(二) 昭和二八年九月二日、佐世保市教育委員会を経由して長崎県教育庁体育保健課給食係より山手小学校が受領したスライド複製代金三、二五〇円は、原告個人に帰属すべきものである。すなわち、原告は、右複製費用を製作担当の教諭山田健吉に見積らせ、その全額を自己において負担した。ただ、右支払を受けた日に、坂口商店から学校用視聴覚教材修理材料代金三、二〇〇円の請求があり、その会計係が不在であつたため、原告において立替払をした。

(三) 原告が昭和二八年四月二三日、山手小学校視聴覚研究部(以下単に学校研究部ともいう。)会計から六、五〇〇円を引き出し、これを自己の当座預金に入金したことは認める。その理由は、つぎのとおりである。佐世保市教育委員会は、昭和二八年二月四、五日の両日、前記市研究部と共同して、山手小学校において、「幻灯スライド自作の実技講習会」を開催したが、右に要した費用(講師の宿泊費、接待費等)は右委員会が負担すべきところ、その負担にも限度があるとして、六、五〇〇円を補助金として負担し、不足経費は会員負担とされた。しかも同委員会は、右六、五〇〇円の支給が遅れるから山手小学校において立替えておくよう指示した。しかし同小学校にはその余裕がなかつたので、原告においてやむなく右六、五〇〇円を立て替えて経費を賄つたが、右委員会はその後も右金銭を交付せず、学校の方で適当に立て替えておくよう指図したので、原告は、この指図にしたがつて学校研究部会計から六、五〇〇円を引き出し、自己の預金に入金したのである。

(四) 原告が昭和二八年九月八日、学校研究部費より一〇、〇〇〇円を支出させたことは認める。原告は、同年九月、北海道札幌市で開催された全国小学校長会議に出席したが、この機会に北海道の風物を幻灯スライドに作成して児童えの土産とし、また各地の名所史跡の絵はがきや記念品等を教材として購入する意図で、右校長会議終了後道内観光をした。もちろん出発に当つて、若干のフイルムは携帯したが、大量に持参する愚を避けて右観光中必要に応じて購入するため、右一〇、〇〇〇円を携行した。

(五) 原告が、昭和二八年一〇月一日、前記市研究部会費より五〇、〇〇〇円を支出させ、自己の預金に入金したことは認める。原告は、市研究部々長の職務の一つとして、佐世保市内各小学校に一六ミリトーキー映画の巡回映写会を毎月定期的に継続して企画していた。フイルムの配給は、昭和二八年度では西日本教育映画配給株式会社と契約をしており、契約金は毎月末払の約束であつたところ、右会社は、同年九月初め頃原告に対し九月分のうち五〇、〇〇〇円の前払方を懇請したので、原告はやむなくこれを承諾し、個人の金銭で支払つた。したがつて、原告が右市研究部の負担すべき九月分の契約金から五〇、〇〇〇円を同月末差し引いて、これを自己の預金に入金するのは当然のことであつて、なんら不当ではない。

(ベル付時計の代金取扱上の不当にについて)

五、原告は昭和二八年四月三日、山手小学校卒業生一同から記念品代として一〇、〇〇〇円の奇託を受けたので、卒業生担任教諭らと協議して「ベル付電気時計」(二〇、〇〇〇円)講入代金の一部とすることに決定し、不足分を育友会で負担してもらうことにした。右時計は同年四月二〇日頃完備したが、育友会々計からの一〇、〇〇〇円の捻出が四月中にできるかどうか危ぶまれたので四月二三日原告がこれを立て替えて、教諭徳永勇に二〇、〇〇〇円を託して送らせようとしたところ、同人は、当時右小学校育友会特別会計が昭和二七年七月下旬頃職員の研修旅行経費の一部として立て替えた二五、〇〇〇円がそのままになつているので右時計代金二〇、〇〇〇円をしばらく流用することの可否を原告に尋ねた。そこで原告は、同日、右特別会計の決算が迫つているし、右立替金は急いで、返済すべきであるとして、原告において右二〇、〇〇〇円に五、〇〇〇円を追加立替して、合計二五、〇〇〇円を原告の小切手で右徳永に渡した。この際原告は、右徳永に対し、前記研修旅行に立て替えた二五、〇〇〇円は、職員共同会計か特別会計から支出すべきであるが、それでも不足する場合は、職員個人において負担し、すくなくとも二〇、〇〇〇円は前記時計代として早急に送金支払うよう指示した。

その後まもなく原告は、前記菅村トシ子から右時計代二〇、〇〇〇円を支払つたとの報告と共に、前記原告立替分のうち五、〇〇〇円の返還を受け、残額一〇、〇〇〇円は同年五月一日育友会々計徳永マツヨから支払を受けた。

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、つぎのとおり述べた。

一、原告主張の請求原因事実のうち、第一、四項の事実は認めるが第二、三の事実は争う。

二、佐世保市教育委員会は、第三項記載のとおりの事実を認定して、原告を懲戒免職処分に付したのであるが、この処分をするに先立ち、昭和三〇年六月二四日、原告を喚問した後、同年七月六日、辻課長および川口主事において原告と春日小学校で面接し、なお原告が同年七月一一日逮捕されるまで数回にわたり警察当局の取調の状況等について原告から聴取する等の措置を講じたが、原告は、「あくまで潔白であり、被疑事実は無根である。」として被疑事実を否認し続けたので、これ以上原告を取り調べないで、検察庁に保管中の証拠書類や右委員会自ら喚問した参考人の供述等に基き、なお検察当局の意見を徴した上、後記事実を認定したのである。

三、前記委員会が原告を懲戒免職処分に付した理由は、つぎのとおりである。

(炭坑不況に伴う欠食児童義捐金の費消)

(一)  原告は、昭和三〇年三月二二日佐世保市教育委員会より前記山手小学校に配布された欠食児童給食費義損金二四、一二〇円を右小学校を給食会計に入金せず、給食主任菅村トシ子をして、その夫公明名義の預金に入金させた上、同年三月二五日頃、右のうち二一、五〇〇円を虚偽の石炭購入代金名義をもつて支出し、これを自己預金に入金して横領した。

(学校給食費の費消)

(二) 学校給食は学童の栄養、体位の向上ならびに教育指導の上から必要欠くべからざるものとして学校給食法に基き実施されているものであつて、その給食費は各保護者より回収するのであるから、当然学童の給食費以外のものには費消すべからざる公金である。しかるに原告は、昭和二七年一二月から昭和三〇年四月頃にわたり、つぎのとおり虚偽の領収書を作成させる等して得た金銭を自己及び教職員の遊興飲食費に使用した。

(1)  架空領収書等の作成

(イ) 昭和二七年度給食会計簿一一一頁、田中店より肉代一〇八〇〇円の架空領収書

(ロ) 一一二頁、大石店より小麦粉代八、五〇〇円の架空領収書

(ハ) 同一一四頁、菖蒲店より野菜代二、二〇〇円の架空領収書、渡辺店より石炭代一二、九〇〇円の架空領収書、深掘店より肉代二四、七〇〇円の虚偽領収書(一〇、〇〇〇円水増し)

(ニ) 昭和二八年度給食会計簿四三頁、深川店よりメリケンコ粉代四、〇〇〇円の架空領収書、塚本店より石炭代二六、五〇〇円の虚偽領収書(一〇、〇〇〇円水増し)

(2)  給食費の目的外使用

(イ) 昭和二七年一二月二二日、柚木鴨川での職員忘年会費に一二、〇〇〇円

(ロ) 昭和二八年二月二〇日、若葉荘での放送教育研究会来賓接待費に一〇、〇〇〇円および同研究会職員慰労会費に二〇、〇〇〇円

(ハ) 同年三月二三日、城山町村上での職員送別会に一〇、〇〇〇円

(ニ) 同年一二月二三日、職員研究費(一人当り一、〇〇〇円)に三〇、〇〇〇円

(ホ) 同年一二月二四日、「梅月」での職員忘年会費に一六、五〇〇円

(ヘ) 昭和二九年四月九日、新任教員歓迎会費に四、〇〇〇円

(ト) 昭和三〇年四月、年度初鵜渡越花見費に五、〇〇〇円

(視聴覚研究部費の費消)

(三) 原告は、昭和二六年度から佐世保市小学校々長会の組織として設置された佐世保市視聴覚研究部の部長としての地位にあつたところ、同部の運営に要する費用は学童から徴収したものであつて、その目的以外に使用されることは絶対に許さるべきでないにも拘らず、昭和二八年から昭和二九年にわたり、右研究部の徴収金を自己の通帳に入金し、公金と私金の取扱いに分明を欠き、あるいは自己らの遊興飲食に右徴収金等を費消した。その具体的事実の若干を挙げれば、つぎのとおりである。

(1)  昭和二九年六月五日、市研究部会費(親和銀行俵町支店当座預金)より現金五〇、〇〇〇円を引き出し、即日佐賀県嬉野町和多屋別館において、内金三五、〇〇〇円を酒肴および芸妓身代金に費消し、残金一五、〇〇〇円は自己の当座預金に入金した。

(2)  同年九月二日頃、長崎県教育庁体育保健課給食係より、学校給食に関するスライドの依頼を受け、前記山手小学校山田教諭に命じ同校資材を使用して二五本を作成納入したが、その代金三、二五〇円を自己において受けとり、そのまま着服横領した。

(3)  同年四月二三日、右小学校視聴覚研究部費より六、五〇〇円を引き出し、これを佐世保庶民信用金庫の自己当座預金に入金した。

(4)  同年九月五日前記市研究部会費より二〇、〇〇〇円、同月八日右学校研究部費より一〇、〇〇〇円をそれぞれ引き出し、これを自己の北海道小学校長会の旅費に使用した。

(5)  同年一〇月一日、市研究部会費より五〇、〇〇〇円を引き出し、これを自己の当座預金に入金した。

(ベル付時計代金取扱上の不当)

(四) 昭和二八年三月末、前記山手小学校卒業記念として、ベル付電気時計の購入費一〇、〇〇〇円を卒業生父兄代表樋口豊治より受け取りこれを公金の預金通帳に入金すべきであるにも拘らず、同年四月三日、佐世保庶民信用金庫の自己当座預金に入金し、ついで同月二二日、右小学校育友会々計より右時計の購入費不足金として一〇、〇〇〇円を支出させ、同年五月二日、これを右金庫の自己当座預金に入金し、売主の執拗な支払請求にも拘らず、右代金を支払うことなく右金銭を不当に使用し、昭和三〇年六月二二日に至りようやくその支払をした。このことは、公金取扱上種々の疑惑を生み、原告に対する不信の念を深からしめたのみならず、佐世保市教育委員会の通牒にも違反する。

(市費の不正領得)

(五) 昭和二六年一二月から昭和二九年八月まで、つぎのとおり、真実その事実がないのに架空の領収書を作成させ、佐世保市収入役からその支払を受け、これを騙取した。

(1)  昭和二六年一二月二八日、坂口商店より 七、三六〇円

(2)  昭和二七年四月一五日、牟田口商店より 六、六〇九円

(3)  同年八月二六日、同店より 九、五〇〇円

(4)  同年一二月九日、同店より 三、八五〇円

(5)  昭和二八年四月二一日、同店より 一〇、〇〇〇円

(6)  同年五月一二日、同店より 一〇、〇〇〇円

(7)  同年一〇月一〇日、同店より 一二、〇〇〇円

(8)  昭和二九年四月一五日、大坪商店より 一、七〇〇円

(9)  同年四月三〇日、坂口商店より 六、七〇〇円

牟田口商店より 二〇、〇〇〇円

(10)  同年九月三日、牟田口商店より 三、二五四円の各架空領収書の作成を受けた。

(公金、公簿取扱態度の不当)

(六) 会計の取扱いは、公、私の別を明確にし、校長は公正かつ適切な指示により各係教職員を指導監督して、いやしくも他から疑惑を受けるようなことのないようにし、帳簿の整理、証拠書類および預金通帳の保管その他出納事務全般にわたり遺憾なきを期するよう校長会においてもしばしば注意を喚起し、その励行を求めてきた。しかるに原告は、さきに述べたところから明らかなように、公金、私金の取扱いに分明を欠き、帳簿等の整理を怠り、部下係職員に指示して帳簿に不実の記載をさせ虚偽の証拠を作成させているのであつて、同様の事案が他に多く行われている疑いが濃厚である。

原告の非行は以上のとおりであるが、そもそも学校教員、特に感受性鋭敏な幼少児童の教育の衝に当る小学校教員、なかんずくその首脳たる小学校々長の要職にある者が、在職中その職務に関する公金の着服等の容疑によつて捜査を受け、さらに逮捕勾留されるに至つては、その児童教育におよぼす影響は誠に重大であつて、後日その嫌疑が捜査当局の過誤によるので被疑者に対しては誠に気の毒な災難であつたといつたような特殊の事情が一般に納得のできる方法において明らかにされないかぎり、単にその一事だけで、これをその職に留めることはその職務の特殊の性質上から許されがたいところであるのに、本件においては、前記のとおりその容疑がほぼ確実と認められたので、児童教育上さらには一般社会に対する影響も考慮し、原告は校長としての職務上の義務に違背し、または義務を怠り、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行をなしたものとして、これを懲戒免職処分に付したのである。

証拠として、原告訴訟代理人は、甲第一ないし第三号証(第四五号証は欠号)、第六、七号証、第八号証の一ないし三、第九号の一ないし四、第一〇、一一号の各一、二、第一二号証、第一三号証の一、二、第一四ないし第一六号証、第一七号証の一、二、第一八、一九号証、第二〇号証の一ないし一〇、第二一、二二号証、第二三、二四号証の各一、二、第二五号証の一ないし三、第二六号証一ないし四、第二七号証の一、二、第二八号証の一、一、二、同号証の二、三、第二九、三〇号証の各一、二を提出し、証人戒忠次、浦速雄、古賀研一郎、武井進、西田喜代次、音丸利隆、坂口トヨ、古川丹章、条崎稔、池田満也、田中惣太、金谷林作の各証言、原告本人尋問の結果を援用し、乙第七号証の一、二、一三号証の二、第三六号証の各成立を否認し、同第一三号証の三、第一六号証の二ないし七、第一八号証の二、三の各二重赤丸該当欄の記載は知らないが、その余の部分の成立を認める、同第一四、一五号証の各二の各二重赤丸該当欄の記載は否認するが、その余の部分の成立を認める。同第九号証の摘要欄鉛筆書の部分は知らないが、その余の部分の成立を認める。同第一七号証の二ないし六、第一九号証の二、第二二ないし第三三号証、第三七号証の各成立は知らない。その余の同号各証の成立(第八号証は原本の存在も)を認める。

ただし、第一一、一二号証は原告の全く関知しないうちに各作成者により作成されたものであると述べ、被告訴訟代理人は、乙第一ないし第六号証、第七号証の一、二、第八ないし第一二号証、第一三号証の一ないし三、第一四、一五号証の各一、二、第一六号証の一ないし七、第一七号証の一ないし六、第一八号証の一ないし三、第一九、二〇号証の各一、二、第二一号証の一ないし三、第二二ないし第三四号証、第三五号証の一ないし四、第三六、三七号証、第三八号証の一ないし六、第三九号証の一ないし三を提出し、証人菅村トシ子(第一ないし第三回)、徳永マツヨ、山田健吉、木須政駿、塚本寿男、川口昇(第一、二回)、粟村寛、高橋泰介の各証言を援用し、甲第一、二号証、第六、七号証、第一四号証、第一六号証、第一八号証、第二二号証、第二三号証の一、二の各成立を認め、同第一三号証の一、二、第一五号証、第二〇号証の一ないし一〇、第二一号証の各成立を否認し、その余の同号各証の成立は知らないと述べた。

理由

一、佐世保市教育委員会が昭和三〇年九月三日、当時同市立山手小学校々長の職にあつた原告を懲戒免職処分に付したことは当事者間に争いがなく、原告が地方教育行政の組織および運営に関する法律(昭和三一年法律第一六二号)にいう「県費負担教職員」であつたことは、市町村立学校職員給与負担法(昭和二三年法律第一三五号)第一条および右争いない事実に徴し明らかであるところ、前記法律第一六二号第三七条によれば、「県費負担教職員」の任命権は、同法施行(昭和三一年一〇月一日)により都道府県教育委員会に属することになつた。しかして、右のように佐世保市教育委員会が任命権を失うと共に、前記懲戒免職処分の法律関係は、同法附則第二一条により新任命権たる長崎県教育委員会(被告)に承継されたものと解するのが相当である。よつて、長崎県教育委員会を被告として提起された本訴は適法といわねばならない。

二、そこで、前記懲戒免職処分(以下単に本件処分ともいう。)が違法であるかどうかについて判断する。

原告は、まず、佐世保市教育委員会が本件処分をするに先立ち、原告に対し一回の取調もせず、かつ一回の釈明の機会さえ与えなかつたので、その手続に瑕疵があると主張するけれども、右処分に先立ち原告主張のような手続を履践すべき旨を明定する法規は存在せず、また、成立に争いのない乙第三九号証の一、証人川口昇(第一、二回)、金谷林作の各証言によれば、原告が昭和三〇年六月二三日頃、家宅捜策を受けたので、当時佐世保市教育委員会の教育長であつた金谷林作において、翌二四日頃、原告に対し右委員会事務室に出頭を求めて事情をきき、さらに同年七月六、七日頃、同委員会学校教育課管理主事川口昇らをして原告と面会させその弁明をきかせたけれども、原告はただ事実無根を主張するのみであつたので、その頃検察庁に保管されていた参考人供述調書その他の証拠書類により事案の解明につとめたことが認められ、これを左右するに足る証拠はないので、原告の前記主張は、いずれにしても採用しがたい。

よつて進んで、被告が本件処分の事由とした各事実の存否について判断する。

(炭坑不況に伴う欠食児童義捐金の費消について)

(一)  証人音丸利隆、池田満也、金谷林作、川口昇(第一回)の各証言により真正に成立したと認められる乙第七号証の一、成立に争いのない同第一〇号証、証人菅村トシ子の証言(第一、二回)により山手小学校備付の給食会計簿の一部であると認められる同一三号証の二、証人菅村トシ子の証言(第一回)により真正に成立したと認められる同第二二号証、証人音丸利隆、金谷林作、菅村トシ子(第一、三回)、川口昇(第一回)の各証言を総合すれば、原告は、昭和三〇年三月二二日、山手小学校用務員山崎某を介して、佐世保市教育委員会より炭抗不況による欠食児童救済のための義損金二四、一二〇円を受け取つたことが認められ、原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は、前記各証拠に比照しとうてい信用しがたく、他にこの認定に反する証拠はない。

(二)  つぎに、成立に争いのない乙第八号証、証人菅村トシ子の証言(第一回)により山手小学校備付の給食会計簿の一部と認められる乙第一三号証の三、前記乙第二二号証、証人菅村トシ子(第一ないし第三回)、塚本寿男の各証言を総合すれば、原告は、右のようにして受領した二四、一二〇円を当時山手小学校給食会計係であつた菅村トシ子に手渡し、一時同人の通帳に入れてその保管をするよう命じたので、同人においてその夫公明名義の通帳にこれを入金したこと、原告は同年三月二五日頃、右菅村をして、右二四、一二〇を引き出させ、そのうち二一、五〇〇円を育友会費用に立て替えて使用すると称して同人よりこれを受領したが、その帳簿上の処理に困つた同人の申出により、適当な領収書を作つておくよう命じたこと、同人は、その頃叔父の経営する塚本商店に頼んで真実その事実がないのに同商店より山手小学校が一二五〇〇円の石炭を購入しその代金を同商店において受領した旨の虚偽領収書を作成して貰い、同校給食会計帳簿にその旨記入して処理したこと、原告は同年四月一〇日、右会計帳簿を検査し、右事実を確認したこと、がそれぞれ認められ、原告本人尋問の結果のうち以上の認定に反する部分は前記各証拠に比照しとうてい信用しがたく、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。そして、原告が同年四月四日、右二一、五〇〇円を原告の佐世保庶民信用金庫の当座預金に入金したことは原告の自認するところである。

(三)  ところ、原告は、右個人名義の預金に入金したのは、一時保管のためであり、後日これをもつて、筒井商店に画架代金残六、五〇〇円、富士教材社に指導記録簿代六、〇〇〇円、山手小学校助手手当(五月分)四、〇〇〇円、育友会関係雑費五、〇〇〇円、以上合計二一、五〇〇円の育友会債務を立替払したと主張し、成立に争いのない乙第三五号証の一ないし四(いずれも小切手控)によれば、右各立替金が小切手で支払われたことが窺われなくもないが、右乙第三五号証の一ないし四に原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は、昭和二三年頃から前記庶民信用金庫に当座預金口座を持ち、自己の管理する小学校の経費等の保管の用に供し、かつ金銭の出し入れは相当ひんぱんであつたことが認められるので、前記乙第三五号証の一ないし四によつては、原告が前記当座預金に入金した二一、五〇〇円が原告主張のとおり使用されたことを確認するに十分でなく、他にこれを認めるに足る証拠はないのみならず、原告が前認定のとおり、育友会費用に立て替えて使用すると称して菅村トシ子より二一、五〇〇円を受領しながら、即時これを必要経費に使用することなく前記当座預金に入金していること、および前記乙第三五号証の一ないし四の小切手の振出日が同年四月五日から同年五月二〇日まで一カ月半にわたつていることを考えあわせれば、前記二一、五〇〇円の処理に関する原告の前記主張は、たやすく信用しがたいといわなければならない。

(四)  つぎに原告は、佐世保市教育委員会が本件処分の一事由とした事実は、被告が本訴で主張する以上認定の事実と異る旨主張し、成立に争いのない甲第一号証によれば、右委員会は、「同委員会が昭和二九年三月二二日、義損金二六、七八一円を山手小学校に配布したこと、原告がこれを一旦菅村公明名義の預金通帳に入金せしめた後、その全額を引き出させて自己預金に入金したこと。」を認定して、これを本件処分の一事由としたことが窺われ、この認定事実は、義損金の額、交付年月日、その他若干の点において前記認定の事実と異り、この点において誤認があつたといわざるを得ないけれども、この程度の相異は右両事実関係の基本的同一性を失わせるものとはいえないから、前記委員会に誤認もいまだ本件処分そのもを違法ならしめるものではない。よつて、これに反する原告の主張は採用しない。

(学校給食費の費消について)

(五) 証人菅村トシ子の証言により真正に成立したと認められる乙第二三号証、証人菅村トシ子の証言(第一ないし第三回)に以下の各証拠(いずれも証人菅村トシ子の証言=第二回=と弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる。)および弁論の全趣旨を総合すれば、原告は後記(六)認定の費用立替金回収困難なものにつき、その事実を隠べいするため、山手小学校給食会計係菅村トシ子をして、つぎのとおり各商店に対し架空または虚偽の領収書の作成方を依頼させ、その旨の領収書を作成して貰つたことが認められる。

(1)  昭和二八年三月五日付浜辺明より石炭代九、八〇〇円の架空領収書(乙第一六号証の三、第一七号証の二)

(2)  同年一二月七日付大石製パン株式会社より小麦粉代八、五〇〇円の架空領収書(第一六号証の四、第一七号証の三)

(3)  同年三月二七日付深掘こと深竹屋精肉店より肉代二四、七〇〇円の虚偽領収書(一〇、〇〇〇円水増し)(乙第一六号証の五、第一七号証の四)

(4)  同年四月三日付浜辺明より石炭代一二、九〇〇円の架空領収書(乙第一六号証の六、第一七号証の五)

(5)  同日付菖蒲商店より野菜代二、二〇〇円の架空領収書(乙第一六号証の七、第一七号証の六)

(6)  昭和二九年四月九日付深川商店よりメリケン粉代四、〇〇〇円の架空領収書(乙第一八、第一九号の各一、二)

(7)  同年四月三〇日付塚本商店より石炭代二六、五〇〇円の架空領収書(乙第一八号証の三)

原告本人尋問の結果のうち以上の認定に反する部分は、前記各証拠に比照してとうてい信用しがたく、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

(六) 成立に争いのない乙第一一号証、前記乙第二三号証、証人菅村トシ子(第一ないし第三回)、西田喜代次、条崎稔の各証言によれば、原告は、つぎのとおり前記菅村トシ子をして山手小学校給食費をもつて、同校職員忘年会費等の立替をさせたことが認められる。

(1)  昭和二七年一二月二二日、佐世保市柚木泉屋における忘年会費一二、〇〇〇円の立替

(2)  昭和二八年二月二〇日、若葉荘における発表会費、懇談会費合計三〇、〇〇〇円の立替

(3)  同年三月二三日、村上店における盲送別会費一〇、〇〇〇円の立替

(4)  同年三月二四日、職員研究費一〇、〇〇〇円の立替

(5)  同年一二月二二日、「梅月」における職員忘年会一六、五〇〇円の立替

(6)  昭和二九年四月一五日、歓迎会費四、〇〇〇円の立替

ところで原告は、右「梅月」における職員忘年会費は一五、〇〇〇円であり、山手小学校給食費とは別途に支払われていると主張するけれども、甲第一九号証、第二五号証の二、三は、前記証人菅村トシ子の証言(第二回)と対比すれば、いまだ原告主張を裏付ける証拠とするに十分でなく、また右主張にそう原告本人尋問の結果の一部は、前記各証拠に比照したやすく信用しがたく、他に以上の認定を左右するに足る証拠はない。

(視聴覚研究部費の費消について)

(七) 原告が昭和二九年頃、佐世保市小学校視聴覚教育研究部(以下単に市研究部ともいう。)の部長の地位にあつたこと、原告が同年六月五日親和銀行俵町支店の市研究部の口座から、額面五〇、〇〇〇円の小切手を現金化したこと、同日原告外二、三名において佐賀県嬉野町和多屋旅館で遊興し約三五、〇〇〇円を要したこと、その頃原告において一五、〇〇〇円を佐世保市庶民信用金庫の自己の当座預金に入金したことは、いずれも当事者間に争いがない。

被告は、原告が右のようにして現金化した五〇、〇〇〇円をもつて嬉野町における右遊興費にあてたと主張し、右当事者間に争いのない各事実をあわせ考えれば、反証のないかぎり、右事実の存在を推認するのが経験則上相当であるところ、甲第一二号証によるも、右五〇、〇〇〇円は市研究部備品としての撮影機購入斡旋を依頼していた藤武雄に交付したとの原告の主張を肯認できず、また右主張にそう原告本人尋問の結果は、後記認定の事実に比照しとうてい信用しがたく、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。かえつて、証人古川丹章の証言により真正に成立したと認められる甲第二一号証、成立に争いのない乙第九号証、証人木須政駿の証言により真正に成立したと認められる同第二四号証、証人武井進、木須政駿の各証言に弁論の全趣旨を総合すれば、市研究部では新機械購入につき最も優秀なものを見出し価格の交渉についての後楯となるべきものとして、同研究部対策委員会を結成したこと、前記嬉野町和多屋旅館での遊興は、原告により企画された右対策委員の会合後なされたこと、出席者は対策委員の木須政駿、武井進、原告の外に、当時山手小学校で原告の下で働いていた小栄貞雄の四名であつたこと、前記六月五日振出の小切手は、右小栄により現金化されたか、右小切手控(乙第九号証)には、金額五〇、〇〇〇円とインクで記入されている下に、渡先欄に「古川部長」、摘要欄に「対策委員会費」と鉛筆で記入されていることが認められる。もつとも原告は、右小切手控の摘要欄鉛筆書の部分は知らない旨主張するが、前記乙第九号証を見れば、右「古川部長」と「対策委員会費」の筆跡は同一であり、鉛筆の濃さよりして同一の機会に記されたものと認めるのが相当であるから、原告の右主張はたやすく信用しがたい。

してみれば、原告は、昭和二九年六月五日、市研究部費五〇、〇〇〇円のうち約三五、〇〇〇円を嬉野町和多屋旅館における前記対策委員会およびこれに続く遊興に費消し、一五、〇〇〇円をその頃自己名義の預金に入金したものと認めるのが相当である。

(八) 原告が昭和二八年九月二日頃、長崎県教育庁体育課給食係よりスライド複製代金三、二五〇円を受領したことは当事者間に争いがない。原告は、右スライド複製は自費で山田健吉にさせた旨主張するけれども、これにそう原告本人尋問の結果は後記各証拠に比照したやすく信用しがたく、他にこれを認め得る証拠はない。かえつて成立に争いのない乙第一二号証、証人山田健吉の証言により真正に成立したと認められる同第二五号証、証人西田喜代次、山田健吉の各証言を総合すれば、山田健吉は、昭和二八年五、六月頃原告の命によりスライド二五本の焼増をしたが、その費用は山手小学校視聴覚研究部(以下単に学校研究部ともいう。)から支出されたものであることが認められる。

つぎに原告は、右三、二五〇円のうち三、二〇〇円はたまたま坂口商店から学校視聴覚教材修理材料代金の請求があり、会計係が不在であつたので右代金の立替払にあてた旨主張し、証人坂口トヨの証言および同証言により真正に成立したと認められる甲第一五号証によれば右事実を推認し得なくもないが、右証人は、「山手小学校とは殆んど取引をしていなかつた。釘とかこざこざしたものを小使が取りに来たぐらいであつた。」とか、「小栄貞雄の要求により架空領収書を作らされたことがある。」とも供述していること、および原告が立て替えたと主張する前記三、二〇〇円を回収した形跡がないことを考えあわせると、原告の右立替払の主張はたやすく信用しがたい。

(九) 原告が昭和二八年四月二三日、学校研究部費より六、五〇〇円を引き出し、これを佐世保庶民信用金庫の自己の当座預金に入金したことは当事者間に争いがない。原告は、右六、五〇〇円は原告が学校研究部のために立て替えていたものの支払を受けたにすぎないと主張するがこれにそう原告本人尋問の結果は、これを前記乙第一二号証、証人西田喜代次の証言と対比すれば、いまだ右主張事実を認めるに足らず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

(一〇) 原告が昭和二八年九月八日、学校研究部費より一〇、〇〇〇円支出させたことは当事者間に争いがない。原告は右一〇、〇〇〇円は北海道出張の旅費に使用したのでなく、北海道の風物の幻灯スライド作製用の費用にあてたと主張するが、これにそう原告本人尋問の結果は、これを前記乙第一二号証、証人西田喜代次の証言と対比すれば、いまだ右主張事実を認めるに足らず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

(一一) 原告が昭和二八年一〇月一日、市研究部会費より五〇、〇〇〇円を支出させ、これを自己の預金に入金したことは当事者間に争いがない。原告は、右五〇、〇〇〇円は原告において市研究部のために立て替えていた金銭の支払を受けたにすぎない旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

(ベル付時計の代金取扱上の不当について)

(一二) 原告が昭和二八年四月初め頃、山手小学校卒業生一同から記念品代として一〇、〇〇〇円の寄託を受けたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第二〇号証の二、証人徳永マツヨの証言により真正に成立したと認められる同第二七号証、証人徳永マツヨの証言を総合すれば、原告は、同年四月二二日、当時山手小学校育友会々計係であつた徳永マツヨをして、右記念品代で購入するべル付電気時計の不足代金一〇、〇〇〇円を右育友会々計より支出させたが、右時計の設置が完了した後もその代金二〇、〇〇〇円の支払をせず、昭和三〇年六月二二日に至り、長崎市丸善商会の請求によりようやく支払つたことが認められる。

原告は、右支払遅延の理由につき自己に責を負うべきもののない事情を述べているが、かりにそのとおりの事情があつたとしても、これをもつて右代金支払を遅延した正当な理由とすることはできず、また前記菅村トシ子から右時計代二〇、〇〇〇円を支払つたとの報告を受けた旨の原告本人尋問の結果の一部は、前記各証拠に比照しとうてい信用しがたい。

(市費の不正領得について)

(一三) 成立に争いのない乙第三八号証の一により真正に成立したと認められる乙第三二号証、成立に争いのない同第三八号証の一の一部、同号証の六、第三九号証の一ないし三、証人坂口トヨの証言を総合すれば、原告は、昭和二六年頃、当時山手小学校事務職員であつた小栄貞雄に対し、暗に同校の得意先商店から架空の領収書を受け取り、佐世保市費を不当に受領して自己に手渡して欲しい旨要求し、つぎのとおり右小栄を介して架空領収書を受けとり、その都度同市収入役を欺罔し市費を騙取したことが認められる。

(1)  昭和二六年四月一五日頃、牟田口商店より 六、六〇九円

(2)  同年八月二六日頃、同店より 九、五〇〇円

(3)  同年一二月九日頃、同店より 三、八五〇円

(4)  同年一二月二八日頃、坂口商店より 七、三六〇円

(5)  昭和二八年九月、牟田口商店より 二〇、〇〇〇円

(6)  昭和二九年四月一八日頃、坂口商店より 六、七〇〇円

(7)  同年四月三〇日頃、牟田口商店より 二〇、〇〇〇円

(8)  同年九月二日頃、同店より 三、二五四円

他の各架空領収書の作成を受けた。

なお、前記乙第三八号証の一および原告本人尋問の結果のうち以上の認定に反する各部分は、前記各証拠に比照してたやすく信用しがたく、この認定を左右するに足る証拠はない。

以上のとおりの事実が認められ、被告が本件処分の事由として主張する事実のうち右認定の事実以外のものは、これを認めるに足る証拠がない。しかし、以上認定の各事実のみでも、後記説示のとおり、原告を懲戒免職処分に付すべき事由となり得るというべきである。

おもうに、原告のごとき公立学校教員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、その職務の遂行にあたつては法令、条例等に従いその職の信用を傷つけ、または職全体の不名誉となるような行為をしてはならないことは多言を要しないところである。

殊に原告が児童教育の衝に当る小学校の首脳たる校長であつた以上、右のごとき職務上の義務は特に重いといわねばならない。しかるに、原告は、前記認定のとおり、(1)欠食児童救済義捐金を受け取りながら、これを給食会計に入金せず、結局はその大部分を自己個人名義の預金に入会しその使途を不明確ならしめると共に、それに関連して架空領収書を作成させ、(2)山手小学校給食費を同校職員忘年会費等に立て替え支出させ、その回収困難なものについてはこれを隠ぺいする目的で架空領収書を作成させ、(3)市視聴覚研究部費については、前記五〇、〇〇〇円のうち約三五、〇〇〇円を遊興に費消し、一五、〇〇〇円を自己個人名義の預金に入金しその使途を明確にせず、学校視聴覚研究部費については形式上は当然同部会計に入金すべき金銭を明確な理由を示すことなく自己個人名義の預金に入金し、また右研究部と無関係の出張旅費に同部費を立て替え支出させたり、使途を明確にすることなく同部費を支出させ、(4)ベル付時計代金の支払を正当な理由なく二年余りも遅らせ、(5)市費を架空領収書により騙取したのであるから、右(1)ないし(5)の事実をあわせ考えれば、原告にはすくなくとも地方公務員法第二九条第一項二号(職務上の義務違反)、三号(全体の奉仕者たるにふさわしくない非行)該当の事由があつたといわなければならず、しかも原告が、感受性の強い小学校児童の教育者であり、一校の首脳たる校長であつたことを考慮すれば、原告に対し同条の定める懲戒処分のうち免職処分を選択するごとはもとより相当であつて、右免職処分を目して任命権者の裁量の範囲を逸脱した違法なものと解すべきいわれはさらにない。

三、以上説示したとおり、佐世保市教育委員会が原告に対してした本件懲戒処分は適法であるから、これを違法としてその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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